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2007年08月29日

●クールビズ限界

・クールビズにも限界、冷房28度はムリです(FPN)
 (http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=2623

 そーいえば、相方様が似たような文句言ってたなァ。「28℃じゃ暑くて逆に仕事の効率が悪くなる」って。仕事行くたびに頭がボーっとしてきてやってられん!って感じらしいです。従業員一同イライラしながらうちわを扇いでいるそうな。

 もう1つ文句としては、温度って寒がりの人を基準に合わせがちですよね。例えば、教室で「暑い暑い」などと言いながら皆汗だくで授業を受けているのに、一人「寒いので窓を閉めてください」という人がいたら、その人に合わせちゃうような傾向。

 今日も研究室でエアコンを強風で設定していたら、「寒いから消していい」という要望があり即座にスイッチoff。「ピザだから暑く感じるんだろ少しは痩せろや」という無言の圧力と共に、暑がりの人が虐げられているような意識があるのでは?

 あとは、地球温暖化の原因は二酸化炭素ではないという意見もあるけど、どうもちょっとなァー。

2007年08月24日

●山梨県横断計画

 山梨県は合併が比較的進んでいる地域で、やたらと「市」が誕生しています。でも、その名称が・・・

 ・そのもの甲斐市
 ・甲斐の州という意味の甲州市
 ・甲斐の府が置かれた甲府市

 って、結局どこにあるんだかわかんねえ!「甲州市はさっき通ったような」なんて思ったら、実は甲斐市だったりするケースが何度も。終いには山梨の中央、日本の中央ということで中央市なんてのもあります。なんかもうサッパリわかりませんね。

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2007年08月21日

●PCの掃除

 パソコンの内部の掃除をしたら、ホコリがごっそり。コップ1杯分くらいの量になりました。特に酷かったのがファンのホコリ。取り外して綿棒で地道に掃除・・・。

 これまで効きが悪く、今までPCの裏から扇風機で冷やしていたのですが、掃除した結果いい感じに冷えています。やっぱりメンテナンスは必要ですね。

2007年08月20日

●多摩モノレール

 モノレールって見るだけでもワクワクしますね。騒音も少なく、フォルムも未来的。なにより中央分離帯の狭いスペースに柱を立てて走っているというのがアクロバティックでドキドキしてきます。

 特に、多摩センター駅は小田急・京王の線路を跨ぐので、その立体交差も非常にスリリングです。『鉄道ファン』(2006年10月号)の特集「立体交差66クロス」によれば、鉄道とモノレールが立体交差する多摩モノレールの駅は、「玉川上水、立川、高幡不動」とされていましたが、この多摩センター駅も交差してから終点の駅に入るので、路線図上では単なる接続であっても、実際の配線では正真正銘の立体交差部分となっています。

 ちなみに、いま住んでいる近くでも向ヶ丘遊園モノレールが運行されていたのですが、様々な事情から廃止、遊園地も閉園してしまいました。「この場所にモノレールが走っていたとは・・」と、その姿を想像しては、このあたりにも近未来の夢と香りを漂わせていた時期があったのだと、思いを巡らせています。

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2007年08月16日

●母の実家

 母の実家です。イトコに3人目の子供が生まれて大賑わいだったのですが、赤ん坊をあやしながら他の子の世話もしつつ、家事もこなす・・・母親って本当に大変なんだなァ。

 ちなみに、墓参りにも行ったのですが、お墓の横に誰が何年に亡くなったって書いてあるコーナー(?)があるじゃないですか。あれによれば初代が「寛政」とか「天保」って・・・どんだけ続いてるんだよ!しかも、お墓の「○○家」のところが本当の名前じゃなくて屋号が書いてあるし。

 北海道だとあまり感じることが無いのですが、イエを屋号で呼ぶのもかなり新鮮。「『こーじや』のヒロシ君」とか「『かまくら』のお婆ちゃん」とか。農業経済を学ぶ者として、ムラとかイエとか実に興味深いです。

 とりあえず、日中戦争に従軍した元町議の祖父(88歳)が元気でよかった。今度自伝を自費出版するらしい。

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2007年08月15日

●仙台駅西口

 仙台名物の「牛タン」は、実はほとんどオーストラリアかニュージーランド産と聞いたことがあります。我が地元・滝川のジンギスカンも実はニュージーランド産だし、名物の地域性というのは、もはや技術とブランドで繋がっているのでしょうかね。

 しかし、全国どこも暑いですね。東北だからといって涼しいわけではありません。北海道でも30℃オーバーだったみたいで、エアコンが普及していない分、東京よりも過ごしにくいのかもしれません。

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2007年08月07日

●神田駿河台-神田神保町

 御茶ノ水駅から水道橋駅方面へ向かう急坂から秋葉原方面を撮影しました。「駿河“台”」という地名や、「駿河台“下”」という交差点の名前からも、このあたりの標高が上がっているということが伺えます。この駿河台の隣にある神田川は、分類上は「渓谷」になるとか・・・

 ちなみに、我が大学が3年前に東京六大学野球春季リーグ戦で優勝したときに、小旗を片手にパレードしたっけなァ。もう一度練り歩きたいものです。

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2007年08月06日

●広島の話

 今年も同じことを書きます(去年の記事はミクシィ参照)。今日は62回目の広島に原爆が投下された日です。

 原爆投下の事実を、我々は単なるアメリカへの憎しみや報復の意味としてではなく、平和や核問題を考える機会として捉えてきたことは、大変意義のあることだと思います。

 でも、これは戦後の微妙な日米関係を背景に、戦争に関する感情のベクトルを、敢えて他方に仕向けているだけなのではないでしょうか。つまり、アメリカへの憎しみを抱かないのは、戦後のパックス・アメリカーナの下に仕組まれていたのでは?ということです。

 戦後日本は圧倒的な軍事力を持つアメリカと安保条約を結び、「核の傘」に頼ってきた。それでいて、「非核」を訴えるという居心地の悪さもあります。

 とにかく、アメリカが原爆を投下しなくても、日本は降伏していました。あの攻撃は間違いなく不必要なものだったでしょう。でも、決して「しょうがない」とは思えませんが、原爆投下をきっかけとして、急速に終戦に向かっていったのも事実。ただ、被爆者の中にも、未だにアメリカに対して敵意を持っている人が少なくないそうです。被爆した人にとっては、攻撃した者を憎むのは当然の感情だと思います。

 原爆投下の事実は絶対に風化させてはいけません。その下には、二十数万人の被爆者がいるのです。ただ、その事実をどう捉えるかということこそ、原爆の日であるこの日に考える必要があるのではないでしょうか。

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2007年08月03日

●成城コルティ

 成城学園前駅の駅ビル・成城コルティです。昨年の秋に完成したばかりで比較的新しく、今回が初潜入となります。

 自動車教習所に通っていた大学1年のとき、よくこの駅で下車して送迎バスに乗り込んでいました。あのときは駅の横にOX(小田急系のスーパー)があっただけで、雑然とした駅だったっけ。そーいえば、南口出たところにあったバスの案内所が交番になっていました(記憶曖昧だけど)。

 ちなみにコルティの中は、良くも悪くも成城って感じでした。子供専用英会話教室が高級感溢れていて凹んだ・・・。ちなみに、屋上の広場からは貸し菜園のアグリス成城を見下ろすことができたのですが、1区画が狭すぎる上(6m2らしい)、自前の種苗や肥料の使用が不可能ということで、なんとも高くつきそうな畑のようです。

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